YOSSHYの音楽論(オケ論)

〜福大オケコンサートマスター引退を記念して〜
  〜このページは、私が7年あまりオケをやってきて、感じたこと、思ったことを書きま した。
 ほとんど役に立たないと思いますが、オケをやる上で何か悩んでることとかがありま したら、読んでみてください。何かそれらの解決の手がかりになれば幸いです〜
2000.3.5 編集者(YOSSHY)記す

目次(オケ論)

Last Updated:Mon,30-Jul-2001
  1. 序文(オケをはじめたきっかけ)
  2.  私がバイオリンをはじめて、今年で16年目になる。しかし、オケのプレイヤーとして バイオリンを弾き始めたのは、高校から、つまり今から7年くらい前になる。  それまで私は、ソロの曲(つまり協奏曲など)ばっかり弾いていた。アンサンブルをす るのは発表会のときぐらいで、正直言ってそのころは、アンサンブルそのものの意味も 分からなかった。

     高校生になって、そのときに習っていた先生が、「久留米の市民オケが、団員を募集 しているので、入ってみないか?」と言われた。そのオケは、今も所属しているが、私 が当時小学6年生のときに結成されたオーケストラで、音楽教室の掲示板に貼ってあっ た団員募集を見て、「入ってみたいなァ…」と思っていた。だが、そのとき中学受験を 控えていたため、その時はできなかったのである。

     しかし中学に入ってから陸上部に入部して、完璧にそのことを忘れていたのである。 というより、そのころは走ることが楽しみだった。もちろん、バイオリンを弾くことも 楽しみだったが、それを超えていたのである。
     高校のときに足をくじいて(ていうかアキレス腱をやってしまった)選手生命を絶たれたあとはバイオリンを弾くことが一番の楽しみになった。 そのときにそういう話を聞いて、私は、オケに入ろうと決心したのである。アンサンブ ル、また私の音楽論を考え始めた原点がそこにある。

  3. オケをはじめて…
  4.  
    そういうわけで、私は、市民オケに面接の後、入団した。はじめのうちは、少しびびっ ていた。一つの曲をみんなで弾くことに抵抗感はなかったが、その当時練習していた交響 曲が、チャイ5だった。その曲自体に抵抗感があったのである。

     ソロで弾いていたときは、モーツァルトの楽曲が多かったし、チャイコフスキーの楽曲 は、バイコンと独奏用に編曲されたアンダンテ・カンタービレ位しかなかったのである。 まさか、チャイ5と腐れ縁になることなんて、とうてい考えられなかった(今でこそ、チャ イコフスキーの音楽を好きになっているのだが…)。そして、まだオケでの演奏方法が未熟 だったので(ソロの奏法とオーケストラの奏法は、違うと思う。章参照)、みんなと合わ せるのにとても苦労した。

     しかし、なんだかんだ思っているうちに、まわりとも合わせることができるようになった し、びびりが段々と消えていった。市民オケの定期は5月にあるが、初舞台を踏んで、オケ の演奏するという醍醐味を覚えた。オケで演奏することがこんなに素晴らしいことなんだな とはじめて思ったのである。

  5. 大学オケに入って
  6.  
    大学に入学して、部活でオケがあると聞き、大学のオーケストラに入部した。まず入って びっくりしたことは、初心者が多かったことである。当然経験者として1年のときから1st バイオリンで演奏することになった。

     でも周りとうまく合わせることができない。まだこのオケに慣れてないのかな、周りが弾 けてないのかな、とも思った。しかし、ある練習のとき、先輩からこう言われた。
    「君はちゃんとこの曲を理解して弾いているか? 理解して弾いてないと、絶対周りとあわな いぞ!」
    そのときはっとした。ソロで弾いているときは必ず1回音楽を聞いてからでしか弾いてなか ったのである。「良い演奏をするための最低条件を忘れていた!ソロもオケも同じだったん だ。」と、そのとき思った。


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(C)Yoshihiro Koyanagi 2000-2002





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