
使用楽器:Sandro
Asinari 2001:Cremona (2006/10〜)
Copy of Antonio Stradivarius 製造年不詳(1930年代):ドイツ製 (1990/7〜)
1984.3 :第1回 くるめ幼児音楽祭に出演、シンバルを叩いていたためか、
なぜかシンバルしんちゃんというあだながついたらしい。
1984.9 :ふとテレビで放送していた、九響の演奏会を見て、「僕、これをやりたい!」とテレビの方を
指差していたそうである。 (母親談)それがキッカケで、なぜかヴァイオリンを始める。
(このとき指差していたのは、当時の九響のコンマス?だったらしい。)
当時九州交響楽団2nd.Vn.の中島先生に師事。
[ヴァイオリンサイズは4分の1(実家に飾ってある)]
1985.3: 塩野景子先生に師事。
1986.9:小学校で九響の演奏会がある。
これを見てオーケストラで ヴァイオリンを弾きたいと思うようになる。
1989.8 :中学受験のため、練習を中断。[この6年間で2分の1、4分の3にサイズが変わる]
1990.4 :東明館中学校入学と同時に練習を再開。(ただし学校の陸上部に所属しながら)
1990.7 :フルサイズVn (Copy of Antonio Stradivarius 20世紀前半:ドイツ製)を買ってもらう。
1993.12 :久留米市民オーケストラに入団する。
(当時、市民オケのコンマスが大学オケのOB会長であることを知らなかった。)
1994.2 :ビオラを初めて弾く。
1994.5 :オーケストラ初舞台を踏む(久留米市民オケ6回定期にて。メインがチャイコフスキー5番)
1996.1:演奏活動を中断する。
1997.3 :久留米市民オーケストラでの演奏活動を再開する。
1997.4 :福岡大学学術文化部会交響楽団に入部。(この時に久留米市民オケのコンマスがOB会長だった
ことを知り、大変驚く。また、福大オケバイオリントレーナーであり九響2nd.Vn首席である
荒田先生に出会い、中島先生が九響のプレーヤー
だったことを知る。)
1997.6 :ベルギー皇太子福大来学記念式典バック演奏に参加する。(第1ヴァイオリンフォアシュピーラー)
この頃右耳が難聴により正常値の半分の聴力となる。
1997.12 :第26回福岡大学交響楽団定期演奏会に出演(初乗り)する。
(メインがチャイコフスキー6番「悲愴」)
第12回全日本学生オーケストラ大会に出演。(白鳥の湖)
1998.5 :ベートーベンの第9を演奏する。
(久留米市民オーケストラ第10回記念定期 第1ヴァイオリンで)
1998.7 :JMJ(ジュネス)福岡演奏会に出演する。(メインはブルックナー6番)
(練習中でのとある出来事により、以後の演奏に対する態度が一変する。)
1998.9 :ベートーベンの交響曲全9曲を4日間で制覇する。(熊本音楽院オーケストラにて)
1998.12 :第27回福岡大学交響楽団定期演奏会に出演する。(メインがドボルザーク8番)
左手腱鞘炎のまま出演してしまい大変な目に遭う。
1999.1 :福岡大学交響楽団第28代コンサートマスター、
弦楽器セクションリーダーに就任。
1999.3 :TYOCトヨタ青少年オーケストラキャンプに参加する。
元N響(現東京フィルコンサートマスター)の三浦先生、N響の中村先生のレッスンを受ける。
1999.5 :コンサートマスターとして初めて演奏会に出演する。(福大オケ第7回プロムナードにおいて)
その時のメインが、偶然にもチャイコフスキー5番だった。
1999.12 :第28回福岡大学交響楽団定期演奏会にコンサートマスターとして出演。
(メインがショスタコービッチ5番「革命]) :橋本久喜先生が福大オケの指揮者に就任されて
10周年の記念演奏会で、とても光栄だったことを覚えている。
第14回全日本学生オーケストラ大会に出演。(ショスタコ1楽章)
合同演奏の時にN響コンマスの堀先生が横のプルトに演奏されていたことに驚く。
(リスト「レ・プレリュード」にて)
福岡大学交響楽団コンサートマスター、弦楽器セクションリーダーを退任。
2000.5 :楽器の糸巻きが折れ、糸巻、エンドピース、顎当てをボックスウッドに変える。
(なんと市オケ定期の2週間前…!!)
久留米市民オケ12回定期で第1ヴァイオリンフォアシュピーラーを担当 (メインがブラームス1番)
2000.12 :第29回福岡大学交響楽団定期演奏会に第2ヴァイオリンフォアシュピーラーで出演。
現役最後の演奏会だった。(メインがブラームス4番)
2001.3 :福岡大学学術文化部会交響楽団を引退(在籍期間4年)。以後在学OBとして演奏に関わる。
2001.6 :チャイコフスキー交響曲4番演奏によりチャイコフスキー後期交響曲3曲を制覇する。
(福大オケ30周年記念演奏会にて)
2001.7 :誕生日に久留米市民オーケサマーナイトコンサートが行われる。(久留米東町公園で)
第1ヴァイオリンフォアシュピーラーで出演。皮肉にも久留米市民オケでの最後の出演となる。
2001.8:演奏曲 数が通算で100曲を超える。(JMJ福岡演奏会「アルルの女第2組曲」で)
2001.12 :第30回福岡大学交響楽団定期演奏会に出演する。(メインがラフマニノフ2番)
これ以降大学オケの演奏会には出演していない。
2002.3 : 就職で地元を離れるため演奏活動を休止する。
久留米市民オーケストラを退団(在籍期間8年4ヶ月)
2002.7:立川に移り住んだ後、演奏活動を再開。立川管弦楽団に入団。
2002.8 :アンサンブル横河(横河電機管弦楽団)に入団。
同時にコンサートマスター就任。
2002.10:JYD記念オーケストラ・合唱団にて合唱を始める。
2002.11:オケ初舞台から通算50公演目を迎える。(立川管弦楽団第44回定期演奏会 にて)
2002.12:オーケストラでの演奏を開始して10周年を迎える。
2004.6: ブラームス交響曲第3番の演奏によりブラームスの交響曲を全曲制覇する。
(立川管弦楽団第47回定期演奏会にて)
2004.8:立川管弦楽団第2ヴァイオリン首席奏者(酒席奏者とも書く!?)に就任。
2006.10:楽器を新調する。 (Sandro Asinari 2001:Cremona)
200
8.7:立川管弦楽団第2ヴァイオリン首席奏者を退任。
現在は・・・
アンサンブル横河コンサートマスター、JYD記念オーケストラ・合唱団合唱団員
です。その他関東地方でエキストラ活動をたま(多摩!?) にやっています。
(C) Koyagi 1999-2008